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明後日投開票が行われる「衆議院議員総選挙」で話題を呼んでいる『希望の党』。希望の党の党首と東京都知事を兼任している小池百合子さんの半生について、News Picsの方で特集がされていて、とても興味深かったので、備忘録も兼ねて共有したいと思います。

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東京都知事・小池百合子の知られざる半生


以下、僕がまとめた要約(第1回~第5回)になります。


第1回:今、衆院選で国政政党「希望の党」を立ち上げた小池百合子氏。彼女は兵庫県芦屋市に石油事業を営む父と母、兄の4人家族で育ち、大学進学の際にはエジプト・カイロ大学に進学。その後、26歳でカタフィ大佐の単独取材に成功し、39歳で参院に当選。50代で環境大臣、防衛大臣を勤め、現在は東京都知事として都民のために尽くしている。

第2回:小学時代やっていたガールスカウトでの教えのうち「備えよ常に」が彼女の座右の銘になっているという。また小6のときに練習を積み重ね、当日熱が出ても弁論大会に参加し1位を取ったことから、自分を負けず嫌いだと分析する。中学に上がり、小遣いの中からやりくりして授業料を支払っていた小池氏は、そのときに英語が好きになり、通訳の仕事がしたいと思うようになる。

第3回:アポロ11号の月面着陸の時の同時通訳を目の当たりにして、通訳者になることを諦めた小池氏。しかし、世界を舞台にしたいという思いはずっとあり、その根源にあるのは祖父と父だという。祖父はアメリカで貿易を学び、帰国後海運会社を興した。アメリカでの祖父の写真がクールビズのヒントになったという。父は石油の仕事でオランダやアラブ諸国に行い、よく仕事や海外の話をしていたそうだ。

第4回:英語以外にプラスαとなるものが必要だと感じた小池氏は、アラビア語を習得しようとエジプトのカイロ大学に進路を決めた。彼女は春にとりあえず関西学院大学に入学して、あ秋にカイロ大学に入学し直す予定だったが、父の圧力もあり、半年も経たないうちにエジプトへ飛び立ったという。エジプトで工夫して生活していた彼女は世界中のどこででも生きていけると話す。

第5回:アラビア語での授業には苦戦し、試験シーズンには詰め込んで勉強したという小池氏は、この頃から「傾向と対策」の分析や戦略が身についたと話す。また進級すると高い場所で叫ぶ儀式を行うなど、自分なりのリズムを維持し、モチベーションを高めたという。このようなモチベーション維持は現在も行なっており、自分をエンカレッジして、目標達成のために日々精進している。