カテゴリ:

土曜日の夜に嵐の櫻井翔主演の「先に生まれただけの僕」が放送されていますが、教育改革の一環として取り入れた「アクティブラーニング」を行った初日に生徒から「数学ってなぜ学ぶんですか?会社で二次関数とか使わないですよね。」という質問があり、これを機に数学・英語・理科・社会・国語の全教科の学ぶ意義について考えてみたので綴ることにしました。今回は国語編。


古文漢文が苦手だったという人は少なくないのではないでしょうか。言葉も今と違うし、英語と違って今使えるわけでもないので、学ぶ意義を感じられないのも無理はありません。現代文も、文章中に傍線が引いてあって、「ここでの作者の気持ちは?」と聞かれ、1つの答えを書かなければいけません。文章を読んだときの感想は千差万別なので、1つしか答えがないことに対して違和感を覚えたことがあり、国語は苦手分野のひとつでした。

ですが、いまになって思うと、作者が込めた意図を読み取ることは、エッセイ・論文・小説を読むうえで必要だと分かってきました。また古文漢文も、ただ歴史を学ぶだけでは見えてこない文化の一面を理解するためのものだったんだと気づきました。昔の文化を知ることで、今の文化が理解できます。

現代文を学ぶ上では、なぜ設問の答えがこうなるのかを文章構造から考えて取り組んだり、古文漢文を学ぶ上では、資料集などと照らし合わせながら当時の暮らし・文化をイメージするように心がければ、社会に出た時に国語を学ぶ意義を感じることができるでしょう。